Bataさんぽ

路上観察師による撮影した写真で振り返るウォーキング録です。歩いた気分になってもらえた嬉しいです

旧東海道を歩く19(藤沢[諏訪神社~京見附跡])

旧東海道を歩く18(戸塚[諏訪神社]~藤沢[遊行寺])」からの続きです

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一里塚を見て戻って来た後は、そのまま「諏訪神社」をお詣り。かなり急な石段を登りましたが、昔は街道沿いだったのかもしれません

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さきほどの「遊行寺交差点」を渡って、街道の右側に移動すると、目の前に浮世絵を使った看板がありました。戸塚と江ノ島を使って『ここは駐車場』というのは、なかなか素敵です

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目印の薬局で右に曲がると「ふじさわ宿交流館」がありました(2016/7/5現在 Googleマップでは検索できませんでした)。今年2016/4/29にオープンしたばかりの新しい交流館のようです(交流館のHPはこちら

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中には昔の藤沢宿の模型もありました


交流館の方と少しお話させていただき、大変楽しい時間を過ごさせて頂きました。そして『藤沢宿マップ』や『東海道藤沢宿文久2年 復元図)』など頂きました

「もう少しなので、先を急ぎます」と言って、交流館を後にしました

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交流館を出て、すぐのところに『藤沢広小路』の説明板がありました。『広小路=火除け地のことで、江戸での頻発する火災対策として吉宗公が設定し、江戸だけでなく各地に広めた』と書かれています(勉強になります)。藤沢広小路は日本三大広小路の1つと言われていたそうです

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遊行寺橋」を渡って、左側を見ると土蔵があります。何かの史蹟かと思いましたが、帰宅してから確認してみたら、「藤沢橋自動車排出ガス測定局」の建物でした。市として、このような装飾は素晴らしいです

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土蔵の前には『遊行橋(旧大鋸橋)・高札場跡』の説明がありました(ウォークマップだと道路の反対側 コンビニの前辺りになっています)

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もう1つ『東海道 藤沢宿の成り立ち・しくみ』と書かれた大きな説明板もありました。『川崎宿、戸塚宿が追加されたので6番目の宿場になってしまった』などの歴史と宿場町の説明が書かれていました

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間違って南側に行こうとしてしまったのが幸いし、もう1つ『江の島弁財天道標』も発見することができました。市役所新館近くにあったそうですが、昔の浮世絵を参考にココに移設されてきたとのこと(藤沢市のHPによると去年2015年12月(11月?)に移設されたばかりのようです)

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ウォークマップを見直して、北方向(コンビニ側)に歩き始めます

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藤沢市 公共物を活用しているようで、このような昔の写真を掲載しているボックスがたくさんありました(いいね!)

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まだ時間に余裕があると思ったので、『藤沢御殿跡』も見に行ってみることにしました。『徳川家康公が上洛のために造った宿泊施設でしたが、将軍が上洛しなくなると利用されなくなり綱吉公の時代に廃絶された』と書かれています。今は「藤沢公民館」の場所で、中に入ってみましたが、特に何もないようでした

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近くにはこんな『ふるさとまっぷ 藤沢地区』もありました(微笑ましい)

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街道に戻って、右側を進んで行くと『蒔田本陣跡』の説明を発見! 手書きの絵がありますが、昔の地誌『相中留恩計略』にあった実際の様子とのこと

ウォークマップだと、次の見所として『首洗井戸』があり、付近に交番があるはずなのですが、交番も案内も見つかりません。

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街道を行ったり来たりしながら、付近を探していると街道の反対側(左側)、「消防本部南消防署本町出張所」の前に説明板らしきものを発見し、横断歩道を渡って反対側に行き、確認してみたら、『問屋場跡』の説明板でした(少しがっかり)

ガイドブックにもウォークマップにもないので、最近設置された説明板かもしれません(帰宅してから『藤沢宿マップ』を確認したところ、ここ以外にもう1つ『問屋場跡』、そして『脇本陣跡』がありましたので、これから藤沢宿に行かれる方は交流館でマップを入手してから歩くのがよいと思います)

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「市民病院入口交差点」に着きましたが、結局『首洗井戸』が見つからないので、あきらめて先に進むことにしました

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すると「白旗交差点」の手前で『伝源義経首洗井戸』の案内を発見(どうやらウォークマップが間違っているようです)

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交番の横の細い道を入っていくと、『伝 源義経首洗井戸』にたどり着くことができました。『鎌倉での首実検の後、浜に捨てられた義経の首が川を遡り、里人に拾われて、この井戸で清められた』と伝えられているそうです。かなり川を遡ったことになるので、何かの奇跡みたいな感じがある逸話です

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「白旗交差点」の手前では『藤沢宿絵図』と書かれた説明も見ることができました

まっすぐ歩けば、すぐに本日のゴール『京見附跡』ですが、「白旗神社」へお詣りに行くことにしました

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「白旗交差点」を右に曲がって数分歩くと「白旗神社」に到着。なぜかまだ残っている茅の輪をくぐり、石段を登って、本日最後のお詣りをさせていただきました

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本堂横にある『弁慶の力石』。『神石と呼ばれ、この石に触れると健康になり病気をしないと言われている』とのことで、しっかり触ってお祈りしてきました(授与所で『弁慶力石守』も購入しましたが、一度この石に触れさせてパワーを充填する必要があると言われたので、もう1度触りに来ました)

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本堂の石段を少し降りたところにある『源義経公鎮霊碑』。説明を読むと没後810年目 平成11年に建立された新しいもののようです

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入口の茅の輪のところに戻ってくると『くぐり方』の説明書きがありました。今までこの倍廻っていました(8の字廻って1回だと思っていました)。これから注意したいと思います(文字だけではわからない図入りの説明は大変わかりやすいです。本当にいろいろと勉強になります)

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「白旗交差点」に戻る途中でカラフルな藤が描かれたマンホールを見つけました。今まで歩いて色つきはここだけだったような気がします


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「伊勢山橋」を渡って、本日のゴール(リタイアポイント)を目指します。ちなみに伊勢山橋の下は小田急線の線路でした。すぐそこに「藤沢本町駅」が見えます

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無事本日のゴール(リタイアポイント)『京見附跡』に到着。『古図では位置がはっきりしなかったが、言い伝えでこの辺りだった』と書かれています。だいたい藤沢宿はこの辺りまでだったようです

次回歩くときはここからスタートします

時刻は15:30、ランチ休憩を除くと約6時間歩いてここまで来ました。iPhoneヘルスケアアプリによると28,454歩 19.25Kmでした。ポイントを絞ったおかげで、かなり早くゴールに到達することができました(次回にもこの経験を活かしたいと思います)

それにしても藤沢宿旧東海道史蹟は最近整備し直されたようで、かなり市として気合いが入っている感じがしました。街は変わっていきますが、自分達の街の歴史を知ることは意味がありますね、きっと

かなり長くなってしまいましたが、今回のウォーキングはここまで

長い記事をここまで読んでくださり、本当にありがとうございました

※2016/7/11追記
続きを歩きました、次の記事「旧東海道を歩く20(藤沢[京見附跡~西國巡礼供養塔])」に続きます


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