旧東海道を歩く20(藤沢[京見附跡~西國巡礼供養塔])
昨日[7/10]は早朝に投票した後、旧東海道を再び歩き始めました(記事としては「旧東海道を歩く19(藤沢[諏訪神社~京見附跡])」の続きになります)
気温も高くなっており熱中症が恐いので、しばらくは『朝早くからの出発』&『少し短く刻んでいく』ことにし、今日は「平塚」を目指します(行けたら「大磯」まで行こうとは思います)
今回もガイドブック「ちゃんと歩ける 東海道五十三次 東 江戸日本橋~袋井宿」とウォークマップ「ホントに歩く東海道 第2集 保土ケ谷~平塚・大磯」を併用しています。前回同様、事前にマップ確認を行い、見てまわる神社や寺などを絞り込んでいます
少し関係ないですが、「JR藤沢駅」ホームにある『NewDays』。昔の東海道線を模した形になっています。へぇ~と感心しつつ、小田急線へ
接続が悪く、少し時間がかかってしまいましたが、「藤沢本町駅」から前回のリタイアポイント『京見附跡』までやってきました(8時15分頃)。京側から見ると、柱のような案内板も立っていました
県道43号線を西に向かって歩いて行きます。ウォークマップによると『道祖神』があるようなので、街道の左側へ移動。途中、住宅のへこんだところに、このような石造物(写真下段)をみつけましたが、これではないような感じがします。結局『道祖神』を見つけることはできませんでした
右側に見える高い煙突のようなものが、ずっと気になっていました。帰宅してから調べたら「石名坂環境事業所」で、ゴミ処理場のようでした
ガイドブックによると『旧道痕跡』となっている方へ行ってみるため、「たこ焼き 風天」さんのところを右に入っていきます(ウォークマップでは「ラーメン 風天」さんとなっていますが、商売を変えられたのでしょうか?)
どの辺りが『旧道痕跡』なのかわからないまま、道なりに進んで「引地川」へ。「引地橋」を渡ります(渡ったところで街道の左側に移動)
ちいさな赤い祠が見えるので『おしゃれ地蔵』様はすぐに見つかりました。『女性の願いなら何でもかなえてくださる』そうです。白粉だけでなく口紅も塗られており、前にはたくさんの化粧品が置かれていました
「メルシャン藤沢工場」の前にある横断歩道で、街道の右側に移動
道路の反対側(街道の左側)には石造物がいっぱい、って石材店ですよね(笑)
「メルシャン藤沢工場」の入口のところで、お地蔵様を発見。ウォークマップだと『七面地蔵』様です。大切にされている感じがします
途中、右側に花壇を発見。とっても花が綺麗だったんですが、写真だと緑の方が強くでてしまっています(少し残念)
ウォークマップだと『石造物』と書かれている「羽鳥歩道橋」の付近を探してみました。歩道橋のすぐ近くで発見! 『聖観世音菩薩』と書かれているようです
歩道橋の反対側には巨大な切り株が・・・。何かの都合で切られてしまったのでしょうか?
途中『秋葉堂』を見つけることができないまま、街道の左側に移動して「丸寿」さんに到着! (朝早くから開店しています) 1つからでも購入可能ということで、お菓子を二つだけ購入させていただきました。『今日は平塚まで歩く予定』と話すと『今日まで平塚は七夕まつりですよ』と教えていただきました
結局購入してきた『大場城最中』と『藤沢産の完熟トマトをつかったスイーツ』は途中で食べられず、帰宅してからいただきました。『生ものですのでお早めにお召し上がりください。』の袋が良い感じです
街道の右側に移動して、少し歩くと小さな鳥居があります。腰をかがめて入ると『お稲荷様』があります(Google マップだとたぶんこの辺→マップ)。ちょっと森みたいな雰囲気の中にある立派なお社です。きっと名前もあると思うのですが、わかりませんでした
国道1号線との合流地点、「四ッ谷交差点」に到着。『大山道道標』は道路の反対側にあるようです(写真中央)
『大山道道標』『不動尊』と置かれています。かなり旧いもののようです
すぐそばには車も通り抜けられる鳥居もありました
「四ッ谷交差点」に戻ってくると、遠くに幟が見えます。聞いてみると今日は「八坂神社」のお祭りでした。少し待っていたのですが、祝詞や玉串奉奠などが終わらず、お詣りできなったので、気持ちだけお詣りさせていただき、先を急ぐことにしました
県道44号線の終わりまで街道の左側を歩いた後、国道1号線に入って、街道の右側に移動。『日本橋まで54Km』の標識を発見! 『歩いてきた~!』という感じがします
ほどなく『一里塚跡』に到着。日本橋から十三里目のようですが、何の説明もなく寂しい感じがします。藤沢宿が整備されていたので、いつか『一里塚跡』も整備してくれると嬉しいです
この辺りから松並木が続きます。日射しが強いので、とてもありがたい(昔の人もそうだったのかな)
「二ツ家稲荷神社」に到着すると、多くの方が草刈りなど神社の整備をされていました(ご近所の老人会などの皆さんでしょうか? こういう皆様の努力で神社が綺麗に保たれているのですね。感謝)。『失礼します』と声をかけてからお詣りさせていただきました
神社の鳥居から右側には『庚申供養塔』が安置されていました(中から出ないと入れません)。今初めて知る庚申信仰、『60日に一度巡ってくる庚申の日に、その夜を眠らずに過ごして、無病・息災・長寿を願う信仰』と書かれています。勉強になります
街道を進んで行くと、松の木の根元に『西國巡礼供養塔』を発見(江戸側からだと、松の木の陰なので、回り込まないとわかりません)。ガイドブックによると『あふり山わけいる道にしをり置つゆのことのはしるしとぞなれ』と刻まれていると書かれていますが、全く読めません・・・
ウォークマップによると街道の反対側に『石造物』と書かれているので、探してみたのですが、見つけることはできませんでした
ここから先は「茅ヶ崎市」になるようです。長かった藤沢市ともここでお別れです
少し記事が長くなってきたので、一旦終わります
次の記事「旧東海道を歩く21(茅ヶ崎[明治天皇御小休所址~本村のタブノキ])」に続きます!