Bataさんぽ

路上観察師による撮影した写真で振り返るウォーキング録です。歩いた気分になってもらえた嬉しいです

旅行:金沢・高山に行ってきました11(奈良井宿1)

本日もブログ訪問ありがとうございます!

とうとう旅行も最終観光地「奈良井宿」へ(10月中は上高地が最終地だったのですが、奈良井宿に行きたかったので11月からのツアーを選択しました)

前の記事「旅行:金沢・高山に行ってきました10(高山散策3)」

からの続きです

 

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高山を出て、いくつもトンネルを抜けて、途中休憩する「道の駅 風穴の里」に到着しました(1時間半近くバスに乗っていたので、トイレ休憩です)

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地図を見ると既に「長野県松本市」に入っていました

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うぅ、この手のポスターに弱い私^^;

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買っちゃいました&食べちゃいました^^; (しっかり、わさび風味ですが、それほど辛くありません。パクリと食べれてしまう美味しさ)

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まだ時間があり、近くに「水殿ダム」があるというので見に行ってきました。ちょっと手前の木々が邪魔で、クリアーには見えません(残念)

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自動販売機にいた、長野県のPRキャラクター『アルクマ』くんです

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ゴミ箱の上には、キノコとか花とか、あれもう1つはなんだろう、とにかく載ってます

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「風穴の里」を出た後、バスは松本市街に向かう途中で南に曲がり、塩尻市

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段取りよく、バスの中で添乗員さんから「奈良井宿」の地図が配布されました。横長の宿場です

高山を出てから約3時間、ようやく「奈良井宿」近くの駐車場に到着!

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バスを降りたところには、列車が展示されていました。ここから「奈良井宿」まで200mの標識

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バスガイドさんが宿場町まで案内してくれるとのことで、ツアー全員で移動。JR中央本線の下を抜けて、少し歩くと

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奈良井宿」の宿場町でした。雨の予報もあったのですが、かなりの晴天(時間的にちょうど逆光です^^;) 

ここからは自由行動ということで、宿場町を見ながら、まずは昼食に向かいます(もう13時すぎなのでお腹空きました)

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『水場』、町のいろんなところにあります(いろいろと形も大きさも違います)

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『くる人も又来る人も福の神』、なんかいい感じです

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道沿いの木も鮮やかです(喫茶「こでまり」の前)

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可愛いフクロウもいました(連れて帰りたかった^^;)

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こちらは民宿「いかりや町田」、やっぱり宿場町だから1泊してみたいです

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宿場町の真ん中辺りまで来たので、今まで来た道とこれから行く道の両方を向いて写真を撮ってみました。古い宿場町が保存されている場所なので2階建ての建物がずっと続いています

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食事の前に「奈良井宿観光案内所」へ立ち寄り(ガイドブックも大事ですが、現地情報収集は大事です)

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ここで『中山道 奈良井宿 観光ガイドブック』と

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奈良井宿 町並み 建築 てくてくマップ』を入手(JTBさんもこっちも配ってくれれば、よりツアーが面白くなるのに^^;)

奈良井宿観光協会のホームページ

www.naraijuku.comからもダウンロードできますが、写真入りの小冊子なので現地で入手をオススメします

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観光案内所を出て先に進みます。「上問屋史料館」の前には『明治天皇御駐在所』と書かれた史跡が立っています。明治天皇は本当にいろいろと移動されています

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中山道名称統一300年』、調べてみたら平成28年4月で、江戸時代に使われていた、もう1つの名称「中仙道」から「中山道」に名称が統一されてから300年とのことです(観光案内所でピンバッチも売ってました)

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道がクランクしている名所「鍵の手」に到着
宿場町内の道としては、この場所の景観がベストだと私は思います

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食事をしようと思っていた「そば処 かぎの手」に到着

f:id:bata_sun:20161231172311j:plain店内にはストーブが点されていましたが、かなり暖かい日だったので、『吾平餅ざるセット』を注文(事前に確認していた情報では『吾平餅』が有名ということで、セットを注文しました)

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左側は通常の味噌だれでしたが、右側の黒いのはごまだれでした。串がついていないのも新鮮でしたが、香ばしく焼き上げたもち米はかなり美味でしたよ

会計時に『ごまだれの五平餅は初めて食べました』と言うと、『そうですか、この辺りでは珍しくないんですよ』とのこと。ごまだれ大好きなので、いろんな場所でごまだれ味の『五平餅』が食べられるようになるととっても嬉しい

食事も終えたので、とりあえず宿場町の端まで行ってみようと歩き始めます

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「資料館 中村邸」です。時間の関係で立ち寄らなかったのですが、後で観光案内所の方に訊いたら、奈良井宿の建築物ではこちらを内覧するのがオススメとのことでした

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奈良井宿の中では一風変わった建物。昭和初期の建築で、近年まで奈良井診療所だったそうです。素敵な洋館です

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そろそろ宿場町の端に近づいて来ました

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先まで続く狭い路地に心が動かされましたが、先に行きたいところがあったので、この道には入りませんでした(先には何があったんだろう?)

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「高札場」です。きっと、ほぼ昔通りに再現されています

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こんなに大きく、見上げるものだったとは吃驚しました(*゚Д゚) 昔の人は目が良かったんですね。私は上の方の小さな字は読めませんでした^^;

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近くにあった『奈良井宿高札場』と書かれた説明には

(途中から)また宿場間の距離を測る基点ともなっていた。奈良井宿の高札場は、京方の入り口にあたるこの場所におかれ、明治のはじめごろまで使われていたが、その後街道の廃止にともない撤廃された。この高札場は、当時の絵図にもとづいて昭和四十八年に復元されたものである

と書かれていました。昭和の時代に復元されたもののようです(復元してくださるなんて素晴らしい)

併記されていた『水場』については

奈良井宿の町並みを特徴づけている水場は生活に欠かせない生活用水の確保や、火災が発生した場合に連なる家々への延焼を防ぐために、山からの豊富な沢水や湧き水を利用して設けられた。
(中略)
奈良井宿には六箇所の水場が整備され、それぞれに水場組合を作り、維持・管理を行っている

と書かれていました。奈良井宿は密集しているので、やはり防火用水をきちんと確保していたようです

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「枡形」です。ここまで残っているのも初めて見たような気がします。宿場の入口にだった頃の名残りだと思います

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折り返し地点である、目的地「鎮神社」が見えてきました

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正面の鳥居に廻ってから、拝殿に向かい、お詣りさせていただきました

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御由緒には

元和四年此地に難病流行す
住民談合し神祇官に願いて社殿を建て経津主命を奉斎せしに難病忽ち鎮まるをもちて鎮大明神と号す(以下略)

と書かれていました(「経津主命」は漢字が正しくないかもしれません)。病気の流行を鎮めるために創建された神社とのこと(拝殿は昭和三十四年秋の台風で倒壊したため、翌年建て直されたものだそうです)

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鳥居と拝殿の間にある大きな建物は舞殿のようでしたが、定かではありません(狭い境内ですが存在感があります)

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「鎮神社」を出て、少し線路の方に歩いて見たのですが、不思議な小さな小屋を発見!眺めていると、たまたま通りかかった方が『消火栓ですよ』と教えてくださったのですが、目の前にあるものを見ていたと勘違いされたのかもしれません
他にも見かけたのですが、何だったのでしょうか?

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「高札場」横の「水場」の裏側には「庚申塔」が並んでいました

これから道を引き返し、バスに戻りながら散策を続けますが、記事が長くなってきたので、一旦終わります

次の記事

に続きます

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