Bataさんぽ+

路上観察師による撮影した写真で振り返るウォーキング録です。歩いた気分になってもらえた嬉しいです

鎌倉 長谷エリア散策2(虚空蔵堂~御霊神社~収玄寺)

本日もブログ訪問ありがとうございます!

今日も鎌倉 長谷エリアの散策を続けます

前の記事「鎌倉 長谷エリア散策1(極楽寺駅成就院)」

からの続きです

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成就院」を出て、同じ道を歩き、さきほど引き返した当たりまでようやく戻って来ました^^;

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左上に御堂が見えてきました。おそらく、あれが「虚空蔵堂」ではないかと思います

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すぐに大きな説明板を発見!

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階段を上り、なぜか正面を向いている狛犬様?の間を通り、

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「虚空蔵堂」へお詣りさせていただきました。後ほど紹介する紙にある略縁起によると正式名称は『明鏡山・円満院星井寺』という名前のようです。『現在は成就院の境外仏道です』とあり『「虚空」とは「宇宙のように広大で果てしない福徳と智恵をもつ(蔵する)」と意味』だそうです

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でも悲しいことにこんな説明が・・・。ここでも賽銭泥棒が出ているようです(本当に罰が当たるよ)

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さらに供物はお詣りした後持ち帰ってくださいとの注意。リスが食べ散らかしてしまうそうです。いろいろな問題があります

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境内にある「舟守地蔵」様。『「海上安全」「大漁満足」等海や水に関連した功徳がある』そうです。人生という海原にいるので、ここでもしっかりお詣り^^(ようは解釈です)

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「舟守地蔵」様の横に箱が置かれていて

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先ほど紹介した略縁起などが書かれた紙が置かれています(1人1枚です。不要な人は取らないように^^)

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階段を下りようとすると横に『星の井水神』と書かれた小さなお社がありました。ここでも立ち止まってお詣りさせていただきました

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階段を下りたところにあるのが『星の井』。説明によると『鎌倉十井の一つ』で『昔、この井戸の中に昼間も星の影が見えたことから、この名がついたといわれている』そうです。『虚空蔵菩薩像がこの井戸から出てきた』という伝説もあるようです

でも『昔はこの井戸の水を売っていたくらい美味しかった』という話に一番興味を持ちました(飲んでみたいですよね、名水)

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ここにもありました『鎌倉町青年団の史跡碑』。前の記事でも参照したホームページ「鎌倉八十八箇所」によると

星月夜の井、又は星の井ともいうこの井戸は、鎌倉十井のひとつです。ココは坂の下に属します。昔この付近は古木が鬱蒼としていて、昼でも暗かったので星月谷といわれました、後に転じて星月夜となります。井戸の名称は、恐らくそれに因む物です。里の老人がいうには、昔は昼間でもこの井戸の中に星の影が見えたので、この名前が付けられていたが、近所の召使が誤って包丁を落してからは、星影がみえなくなったという事です。慶長5年(1600)6月、徳川家康が京都より帰る途中、鎌倉を通りこの井戸を見た事がありました。それ以来、世に広く知られるようになりました。水質は清く、飲料水として最適です。

と書かれているようです。『近所の召使が誤って包丁を落してからは、星影がみえなくなった』という辺りが本当ぽいので面白いです

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先を急ごうと思ったのですが、

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通りの反対側にあるパン屋さんが気になります

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美味しそうです。店頭に並んでいるパンには『名物 星の井パン』なんてのもありました。ただ一斤を持っていくのは無理なので、あきらめかけたら『ミニ食パン』なるものがありました

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結局、帰宅してから食べてみたのですが、ぎっしりと詰まったパンで小さいけど食べ応えがありました。プレーンを購入してきたのですが、ちょっと甘い感じ(甘くはないです)がする美味しいパンでした

店員さんに聞いたところ、立ち寄った人から『歩きながら食べたい』という要望があったため、歩きながら食べられるサイズのミニ食パンを開発したそうです(面白いですね^^)

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パン屋さんの横の壁には系列のカフェへの案内がありました

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『<』の方向を見ると、再び『R』の文字が・・・。なんか気になるので行ってみると

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素敵なお店がありました。そろそろ12時に近かったので、ランチとも思ったのですが、スイーツ系のフレンチトーストのみのようだったので、また今度にしようとあきらめました(帰り道、二人の女性とすれ違ったので、知る人ぞ知るお店なのかもしれません)

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元の道に戻ってきて、先を急ぎます

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なんか低い郵便ポストだなと思って、よく見ると下が埋まっています^^;(なぜ?ものすごく疑問がいっぱい)

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ガイドブックに従い『鎌倉名物 夫婦饅頭』と書かれた大きな看板のあるお店のところ(さきほどの郵便ポストある角)で左に入ります(夫婦饅頭にも興味あったのですが、定休日でした)

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先へ少し進むと『鎌倉江の島七福神』の幟が立っています

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その向かい側消防団の施設のシャッターにはこの付近の地図が・・・(*゚Д゚)
(ここではかなり驚いたのですが、この日に見つけた消防団の施設のシャッターにはかならず地図が書かれていました。鎌倉はこれで統一しているようです)

鎌倉の観光名所と現在地がわかる大きな地図で、これは素晴らしいです(旧東海道だと浮世絵が描かれていることが多いですが、確かに地図があると助かります)

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神社の鳥居の前には江ノ電の踏切がありました
江ノ電だと線路沿いに踏切もなくお店がある場所も多いので、さすがに往来がある神社の前には踏切があるのだな、とちょっと吃驚^^;

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「御霊神社」にお詣りさせていただきました。説明にある通り『桓武天皇の子孫である鎌倉権五郎景正を祀っている』とのこと(Google マップなど見ると「御霊神社(権五郎神社)」の名称になっています

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切り株しか残っていませんが『弓立の松』、『鎌倉権五郎景正公が御領地を見まわる際弓を立てかけた』そうです(それだけで残っているのも違和感があるので、きっと何かもう少し逸話があるような気がします)

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こちらは樹齢約400年の『夫婦銀杏』、黄葉の季節に来てみたいです(『夫婦円満・家内安全・子宝安産のシンボル』だそうですよ)

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少し気になった9個の石(中央にある、もう一つは何かのフタなので石は9個)。九字の印のように見えて、何かの結界じゃないかと思ってしまいましたが、本当のところはわかりません^^;

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こちらが『鎌倉・江の島七福神』の1つ『面掛 福禄寿』が安置してある場所

『御霊神社の例祭に行われる面掛け行列の中に福禄寿の面が含まれていた』ことから七福神の一つになったそうです(ちなみに鎌倉・江の島七福神は1982年(昭和57年)から始まったのでかなり最近出来た七福神めぐりです)

面だけの『福禄寿』様は上野大仏様ぐらいのインパクトでした

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拝観すると中に置かれている説明も頂けます

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授与所近くにあるの立派な木が御神木『たぶの木』でした(最近樹が気になります。御神木と見ると手を合わせてしまいます)

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踏切を渡って戻ろうと思ったのですが、ガイドブックをよく見ると境内を横に抜けていくようです

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狭い路地を歩いて行きます。こういう路地は鎌倉の魅力です

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突き当たりの右側には『鎌倉権五郎神社』と書かれた道標が立っていました(こちらの名前の方がポピュラーだったのかも)

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突き当たりを左に曲がると今度は『御霊小路』とかかれた道案内が置かれていました

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ガイドブックに従って歩くとすぐに大きな通りへ

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右に曲がり、ちょっとだけ歩くと「収玄寺」の山門がありました。かなり変わった形です

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まず本堂にお詣りさせていただきました

説明には『日蓮聖人随従した鎌倉武士、四條金吾頼基の屋敷跡』とあり『当初は収玄庵と称していた』そうですが『大正初期に寺号も収玄寺へ改称した』そうです

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境内には『四條金吾邸址』と書かれた石碑も立っていました

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ちょうど真上を飛行機が通ってゆき、造られた飛行機雲が本堂に落ちるように見えたので思わず撮影(本当にミサイルとかなら助からないな^^;)

まだまだ全行程の1/3ぐらいのですが、少し記事も長くなってきたので一旦終わります

次の記事

に続きます

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