Bataさんぽ

路上観察師による撮影した写真で振り返るウォーキング録です。歩いた気分になってもらえた嬉しいです

閑歩:浅草寺 淡島堂、そしてGTS環境アート作品 アフターフォロー

ウォーキング的には

から続いていますが、すでに閑歩(ぶらぶら歩き)モードです(気の向くまま歩いているので、コース記録などしていません。なんとなく想像してみてください)

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「たぬき通り」を後にして移動しようとしたら、ショーウィンドウの中に可愛いたぬきのカップルを見つけました(男たぬきが飲んでいる丸に八の瓶はやっぱりお酒かな?)

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淡島堂」に行こうと『伝法院通り』を歩いていると、「鎮護堂」のところに『鎮護大使者(おたぬきさま)』の文字を見つけてしまいました。「たぬき通り」を通ってきた者としては『おたぬきさま』と聞いて素通りはできません(笑)。是非お詣りしていかなければ

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まずお詣りさせていただきました。『鎮護堂』と書かれた説明には、

 鎮護堂は「おたぬきさま」の名で親しまれ、防火、盗難除、商売繁盛の守護神として知られている。
 明治5年(一八七二)、浅草寺境内に住みついた狸の乱行を鎮めるため、浅草寺の用人であった大橋亘が浅草寺貫首唯我韶舜と相談の上、自身の邸内に祀ったことがはじまりと伝える。数度の移転を経て、同十六年伝法院内の当地に再建した。
 現在の入母屋造の本殿は、大正二年に再建されたものである

と書かれています。浅草近辺にたぬきがいたのは史実のようです。いたずらを防ぐ目的だったから、防火、盗難除の守護神を祀ったのでしょうか?(効果ありで狸の乱行が鎮まったのでしょうね。実は辰五郎たぬきのおかげ?!)

パンフレット「台東ぶらり散歩 ご利益・パワースポットを巡る」にも載っていて、ちゃんと『【商売繁盛・火難盗難除け】』と書かれています。『たぬき→他抜きに通じるから商売繁盛、芸事上達などのご利益がある』とされているそうです

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御堂の横には何故か信楽焼のたぬきが置かれていました(たぬきの置物=これ、というイメージが確かにあります)

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境内にある『幇間塚』があります

「幇」は助けるの意。幇間とは、客の宴席に侍し、座を取り持つなどして、遊興を助ける者、たいこもち、男芸者のこと

と書かれています。『幇間有志によって、幇間物故者供養のために建てられた』そうです。さきほどの『鎮護堂』の説明には

また境内には昭和三十八年に建てられた幇間塚がある。幇間のことを「たぬき」と呼んだことから、この地に建てられたもので、碑には幇間の由来と久保田万次郎の「またの名のたぬきづか春ふかきかな」の句が刻まれ、裏には幇間一同の名が刻まれている

とあり、なぜここに建てられたのかが書かれていました

実は昔『幇間』にはちょっと憧れていました。でも、やっぱり芸事を極める仕事なので、ものすごく大変だということを知りました。自分はそこまで芸にのめり込めそうもないなぁというのが正直な感想です

でも何故、『幇間』を『たぬき』と呼ぶのでしょうね? 意外と簡単な理由じゃないかと思いますが、ものすごく気になります


寄り道してしまいましたが、「淡島堂」を目指します。なぜお詣りしたいかというと、少し前に

で書きましたが、東京駅周辺 文化財巡りをした時、『名水白木屋の井戸の碑』で、名水が湧き出るきっかけとなった『正徳二年 井戸から掘り出された観音像』が祀られているのが、「淡島堂」であるということだったからです(霊剣あらたかな観音像という感じがします)

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やっぱり人が多かった仲見世通りを通って、「淡島堂」にたどり着きました。確かに『淡島大明神』の隣に『白木聖観世音菩薩』とあり、『正徳二年(一七一二)御出現』と書かれています(掘り出されたのではなく、観音様なので御出現なんですね)

本堂内は『写真撮影はご遠慮下さい』とのことでしたので写真は撮ってきませんでしたが、『白木観音』様(と思われる像)をしっかりお詣りさせていただきました

『淡島大明神』は説明にある通り、『女性の守り神』とのこと(男性お断りではないと信じています)。ちなみにパンフレット「台東ぶらり散歩 ご利益・パワースポットを巡る」によると『毎年2月8日に針供養が行われ【裁縫上達】のご利益がある』そうですよ

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御堂の近くには『胎内くぐりの灯籠』が置かれていました。説明によると『この灯籠の下をくぐることで、子供の虫封じや疱瘡のおまじないとなるされている』と書かれていて、実際にくぐっても良いようです。でも、小さな子供でないとくぐるのは難しそうです(太っている子はたぶん無理かな^^;)

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同じく御堂近くにあった『和』と書かれ、下に湯川秀樹氏銘で『みたまよ としえに 安らかに われら守らん 世界の和』と書かれた石碑が立っています

建設趣意書によると『昭和二十年三月九日の夜のB29百五十機の大空襲による凄惨な状況を忘れず、二度とあやまちを繰り返すことなく永遠に世界の平和を守ることを誓うために建立された』そうです。名称はおそらく『浅草大平和塔』だと思います

ここでも思わず手を合わせ、ご冥福をお祈りしてしまいました。図らずも終戦記念日であり、戦争の悲惨さを思い知らされる日になりました。多くのものを破壊し奪っていく戦争は繰り返してはならないです


今日予定していたことは全てやり終えたと思っていたのですが、何か忘れていると考え直してみたら、「言問橋」から「吾妻橋」の間、浅草側にあるGTS環境アート作品を見忘れていることに気がつきました(>_<)

Googleマップで調べたら、ここから「言問橋西交差点」まで11分とさほど時間がかからないし、次に上野近辺に来る予定は9月に入ってからなので、ここはもう一歩き、アフタフォローへ

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「銭塚地蔵尊」を過ぎた場所だったと思いますが、『浅草公園史蹟巡り 第一番札所』と書かれた案内を見つけました。「浅草寺」近辺で7つの札所を廻るコースが書かれています(順番に廻ると少し歩くような気がします。が、ちょっと興味あり)

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バス駐車場の少し先に見えたのは『九代目市川團十郎』の像で、『第二次世界大戦中に金属類回収で供出されたが、十二代市川團十郎襲名を機に多くの方々の尽力により再現された』ものだそうです。こんな「浅草寺」の端にも銅像が建っているのを初めて知りました

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言問通り』を歩いていると、『旧・浅草猿若町』と書かれた説明がありました(ランチの時は気がつきませんでした)

ざっくりまとめると『老中・水野忠邦の芝居小屋廃止に対して、遠山の金さんが庶民の娯楽を奪うことは却って人心の安定に役立たないとの献策を受け、日本橋周辺にあった幕府公認の芝居小屋を江戸城郊外に当たる当地へ強制移転し、天保一三年 当地に新しく芝居町が造られ、江戸歌舞伎の始祖である猿若勘三郎の名から「猿若町」と命名された』と書かれています

江戸歌舞伎が続いているのは『遠山の金さん』のおかげみたいです

それにしてもサイズギリギリまで文字が書かれている、少し不思議な感じがする説明板でした

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昼間見た『戦災によりなくられた方々の碑』の横を通り、「言問橋」の上流側に位置する「隅田公園」まで戻ってきました。川沿いに出ると大きなオブジェを発見!

GTS環境アート作品の1つ、『スカイネスト』がここにありました(まずは1つ目)

説明によると『スカイネスト(空の巣)は、東京スカイツリー第1展望台の逆円錐型の一部をトレースした、三日月型の鳥の巣』だそうです

帰宅してから改めて説明を読むと『くぼみに立つと、巣に守られて東京スカイツリーを見上げることができます』と書かれていました。既に疲れていたのか、ここまで読めていませんでした(残念)

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隅田公園」内で上流側から下流側に「言問橋」の下を通り抜ける場所があったので、ここから移動することにしました。灯りがまぶしいですが、先ほど見た川に架かっている部分とは構造が違うように見えます(立地などにより必要な強度などが違うのかもしれません)

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言問橋」を下流側に抜けて、すぐにGTS環境アート作品『LOOK』が見つかりました(2つ目)。上の写真にある矢印のようなベンチと真ん中の写真にある潜望鏡のようなオブジェがセットで1つの作品になっているようです。『矢印は東京スカイツリーの最上部を指し示し、潜望望遠鏡は寝転んで東京スカイツリーを眺められる』ようです。ちょっとここで寝転んでみる気はおきませんでした・・・(端から見ると完全に変な人に見られてしまいそうです・・・)

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レンガ調のちょっとオシャレなベンチも発見

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石碑のようなものが見えたので近づいてみると『山の宿の渡し跡』でした。説明には『位置は吾妻橋約二五〇メートルで浅草区花川戸河岸・本所区中ノ郷瓦町間を結んでいた。花川戸河岸西隣の町名「山ノ宿町」から命名。創設年代は不明』と書かれています

形は『竹屋の渡し跡』とかなり似ています。橋が整備されるまで、いろいろな場所で渡し船があったようです

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東武鉄道の鉄橋も「隅田公園」上を通っているので、こちらも下から撮ってみました。電灯が付いているのを含めて、川側と構造が大きく違います(地上側の方がすっきり見えます)

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ちなみに支えている柱は石造り調でちょっと格好良かったです

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隅田川沿いで「言問橋」と「吾妻橋」の間にあるもう1つのGTS環境アート作品『グリーンプラネット』(最後3つ目)

付近に説明を見つけられなかったので帰宅してから「GTS|藝大・台東・墨田観光アートプロジェクト - プロジェクトの概要」にある説明を参照すると『自分の背丈にあった穴から覗くと緑一面の世界と東京スカリツリーの不思議な世界が現れる』そうです。でも大人の背丈にあった穴があったかは不明です(でも穴に頭を突っ込んでみるのは少し勇気が要りそうです)

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寝転んで休んでいる方がいたり、座っている方がいたりで全体像が把握できなかった『GTSアートベンチ』を写真に撮ることができました。空き缶のようなものもデザインだと思っていたら、本当に空き缶が置いてあるだけでした(皆様、ゴミはゴミ箱へ)

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本当は帰りは上野まで歩こうと思っていたんですが、「言問橋」まで往復の距離+αを歩いてしまい、かなり疲れていたので、東京メトロの「浅草駅」から帰宅することにしました

本当に長かった台東区橋めぐり[上流」のウォーキングもこれにて完結です
長い一連の記事にお付き合いくださり本当にありがとうございました

隅田川近辺はまだまだ散策できる場所が多いので、また来てみたいです

次はどんなコースを歩くか、これから考えてみます。上野・浅草は見所多いので、うまく廻れるコースを考えるのは難しいけど楽しいです(時間がかかるのも事実なんですけどね^^;)

※御礼
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 ものすごく励みになっております。これからもよろしくお願いします

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