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Bataさんぽ

路上観察師による撮影した写真で振り返るウォーキング録です。歩いた気分になってもらえた嬉しいです

旧東海道を歩く38(箱根[駒ノ爪橋跡~三枚橋])

本日もブログ訪問ありがとうございます!

記事としては旧東海道を歩き続けています。そろそろ小田原市ともお別れ、箱根町に入ります

前の記事「旧東海道を歩く37(小田原[板橋の地蔵尊~風祭の一里塚])」

から続いています

 

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入生田駅」を通り過ぎてしまい、少し歩くと『箱根登山鉄道』の踏切に着きました。写真を撮っていたら、踏切が降りてしまい、足止め^^;

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ふと駅の方をみると、ロマンスカー色違いが並んでいます(これはレア画像かも^^)

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踏切を渡ったところで右を見てみました。小さな滝みたいな流れの上を走っている『箱根登山鉄道』の線路がなんとも心許ないです(ちょっと心配)

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少し歩くと『駒ノ爪橋跡』がありました。説明には

 天保年間に書かれた『新編相模国風土記稿』の、入生田村(小田原市)の項には、「駒留橋 東海道中湯本村界の清水に架す。石橋なり。長3尺(90センチ)幅2間(3.6m)、両村の持。橋上に頼朝郷馬蹄の跡と云あり。旅人此橋に足痛の立願す。」と載っています。
 これには、往時源頼朝が富士の巻き狩りから帰る際、この橋まで来ると馬が暴れてしまい、その際に橋の上に馬のひずめの跡が残ってしまったという逸話が残っています。
 そこで、旅人は「石に足跡をつけた頼朝の馬の頑強な脚にあやかりたい」と道中足が痛まないよう祈願したということです。
 後に小田原市板橋の山県有朋公の別荘古希庵の庭園に使われていたようです

と書かれています。面白い逸話です。ここに残っていたら、同じように祈願したと思います

箱根町』と書かれているので、この辺りから箱根町に入ったようです。大きな道路ではないので標識もなく、いつの間にか、長かった小田原市ともお別れしていました

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少し先には『日本初の有料道路』と書かれた説明があります

 明治8年(1875)9月、小田原の板橋から湯本まで全長4.1Km幅員平均5メートルの我が国初の有料道路が開通しました。
 江戸時代の東海道を拡げ、2か所の急坂を人力車が通れる勾配の緩い道に付け替えました。碑が建っている道は、その時に付け替えた道です。
 開通した日から5年間、道銭(通行料)を取りました。人力車は1銭、大八車7厘、小車は3厘でした。
 この道路の開通で、人力車はもちろん、間もなく乗り合い馬車も入ってきました。かの福沢諭吉から「箱根山に人力車の通れる道を造れ」と提言され、二宮尊徳の高弟として知られる福住正兄が建設の戦闘に立ちました

と書かれています。当時としては画期的な仕組みだったように感じます

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大きな道路に出てきました

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横断歩道もなく、路側帯も十分ないので、階段を上がって先に進むようです。階段の手前には『入道』のようなものが描かれた碑が建っています

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近づいてよく見ると『交通安全之碑』と書かれています(なぜ交通安全でこの絵なのかは謎です)

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階段を上がって、少し歩いたら、すぐに下に降ります(あれ?)

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大きな道路沿いを歩くと思っていたのですが、また脇道を進んで行くようです

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少し歩くと『天王神社入口』と書かれた案内があるので、『箱根登山鉄道』の下をくぐってお詣りしていくことにしました

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案内のところにあった長い説明(帰宅してから写真を読みましたが)には

古来部落の境には天王神社が祀られる事が多い。祭神は午頭天皇スサノオ)を祭神とする祇園信仰の神社であり、京都八坂神社の祭礼が全国に広まった一ツである。牛頭天王はインドでは武塔大師と呼ばれ、祇園精舎の守護神とされている。名前の由来は諸説あり古くはヘブライ語の「ゴゼー」がなまって「牛頭」になったという説もあるようだ。典型的な神仏合祀の一例である。
スサノウノミコトは大変、力の強い暴れん坊の神様だったので、霊力が強く、これを祀れば疫病神を除いてくれる、という信仰から多くの村境に祀られたと思われる。山崎も入生田(小田原市)と、湯本村(箱根町)との村境にあり、湯本村の人達が村に疫病神が入ってこないようにと祀ったものである。
旧湯本村の氏神だった頃、明治二十六年に神社の石段を作った時の記録によると世話人は湯本の湯場・神明町・仲宿・三枚橋・山崎の代表が名を連ね、全村七十五人が工事費を寄付している。石段の数は百十八段あり、神社境内にある碑には世話人、発起人の名前が刻まれている。
天王社の紋章は五ッ木瓜(イツツモツコウ)で、キュウリを輪切りにすると、同じような紋様になる為は、祭礼には必ずキュウリを上げる。
山崎では、昔は初物のキュウリを天王さんに上げてからでなければ、食べなかった。また、キュウリを切る時は輪切りにしないで、必ず斜めに切る、という風習があったようだ。

と書かれていて、いろいろと勉強になりました。板橋にあった「牛頭天王社」も含めて、昔この辺りには疫病が流行ったのではないかと思われます(推測です)

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石段の途中には『牛頭天王神社』と書かれた立派な鳥居があります

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牛頭天王 天下泰平 村内安全』と書かれた石碑があり、その奥に

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石造りのお社がありました(多分これが本殿だと思います)。しっかりとお詣りさせていただきました

まだ明るいのにここは全体的に薄暗く、少し肌寒い感じがしました(強い神域なのかもしれません)

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石段を降りてくると、ほとんど柵がなく、絶好の箱根登山鉄道撮影ポイントになっています(石段の上から見ると、少し高い視点で撮影できるポイントです。撮り鉄ではないので、電車を待たずに先へ急ぎます)

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住宅地を通り抜けると、再び大きな道路のところに出てきました

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綺麗な白い壁沿いを歩いて行きます

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この壁、『山崎擁壁』という名前がついていました(平成25年2月末に出来たようなので、やはり新しいものです)

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道路の反対側には『箱根路』と書かれた石碑が立っていました(さすがに横断手段がないので、限界までズームして撮影)

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少し歩くと『早川』側には大名行列を描いたらしい柵がありました(なかなか素敵です)

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さらに少し歩くと箱根の観光施設の看板がいっぱい(笑)
『なんかいいよね、箱根って』のキャッチと共に一気に紹介されています

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橋の向こう、遠くに湯本の駅が見えています

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この「三枚橋」で今回の旧東海道を歩くは終了としました(セーブポイントになります。ここから旧東海道箱根湯本駅から離れた道を歩くので、駅に戻るのが少し大変になってしまうためです。それにかなり疲れていましたから^^;)

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最後に橋の近くから『早川』と「箱根湯本駅」を撮影してみました

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ここまで歩いた自分へのご褒美に箱根湯本の温泉街にあるお店で『生とうふシェイク』(ブルーベリー味)を頂きました

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さらに『えう゛ぁ屋』で『ねるふ焼き』(焼き印以外は普通のどら焼きです)と

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お土産にお菓子『箱根旧街道』(綾波バージョン)を購入しました

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帰宅してから食べましたが、こんな感じのケーキです

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箱根湯本駅」から箱根登山鉄道に乗り「小田原駅」に戻ります(なんと2週連続で箱根登山鉄道に乗ってしまいました^^)

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外は薄暗くなっていましたが、空が綺麗でした

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晩ご飯は悩んだのですが、「天丼てんや」で『黒マヨ鶏天丼』を注文(ランチがちょっと贅沢だったし)

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マヨも卵も別添えで、自分で完成させるようなので、同じようにできるか挑戦してみた結果が、

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これ! 割といい感じにできました。黒酢感は強くなく、とっても美味しくいだきました

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満腹で外に出てみたら、飛行機雲が少し虹みたいで綺麗でした

旧東海道を歩くも、ようやく箱根湯本に到着しました
次は箱根峠越えなのですが、少し寒くなってきたのと、元箱根辺りで1泊して一気に三島まで行きたいので、現在計画中です(何も休むところもないエリアなので、晴れている日を選んで歩きたいです)

一連の長い記事にお付き合い下さり、本当にありがとうございました

※御礼
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 ものすごく励みになっております。これからもよろしくお願いします

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