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Bataさんぽ

路上観察師による撮影した写真で振り返るウォーキング録です。歩いた気分になってもらえた嬉しいです

旧東海道を歩く22(茅ヶ崎[一里塚~神明神社])

旧東海道を歩く21(茅ヶ崎[明治天皇御小休所址~本村のタブノキ])」からの続きです

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イオンを通り過ぎて、すぐに『平成の一里塚』に到着。『昔の一里塚(街道北側)があったのはこの辺りで、昔と同じくエノキを植樹しているポケットパーク』とのこと。他の一里塚では土地の問題はあると思うのですが、確かに一里塚跡の説明があるだけよりも良い取り組みように感じます

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道路を渡って反対側の交差点の角には『茅ヶ崎一里塚』があります。日本橋から14番目の一里塚、現存し、ここまできちんと整備されて、石碑も建っている一里塚は初めて

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ここは「一里塚交差点」、そしてこの通りは「一里塚通り」というそうです

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なかなか見かけない、カラーバージョンの『ちがさきおすい』のマンホールを発見。それにしてもカラーバージョンを使うのはどういう場合なのでしょうかね?

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ガイドブックもウォークマップも『地下道で渡る』と書かれているので、地下道へ。デザインなのか、階段の半分が使えない状態になっている不思議な地下道でした(謎)

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茅ヶ崎市役所」前にある『旧寛永寺 石灯籠 四基』。さきほどの「上正寺」にあったのと同じく、元々は上野の「寛永寺」にあったものようです。インターネットで調べたことをまとめると『元々茅ヶ崎に住んでいた大八木家から寄贈されたものだった』ようです(まだ調べ切れていません)

思わず夢中で近づいてしまいましたが、気がつくとポールでエリア封鎖されていました(汗)。もしかすると近づいてはいけなかったのかも・・・。ここでお詫びさせていただきます。ごめんなさい

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歩道に真ん中に存在感たっぷりである『東海道を200年以上見守ったクロマツ』の切り株があります。『平成21年3月に腐朽のため伐採されてしまった』ようですが、ランドマークだった証として残してあるとのこと

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すぐに「ピストン堀口ボクシングジム」。ボクサー漫画に出てくるようなジムを勝手に想像していたのですが、3F建ての素敵なビルになっていました

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続いての「湘南クッキー」。製造元なのかなと思っていたら、やっぱり自動販売機でした。でもこれだけのスペースを市街地で取っているのは、なかなかです(今日は購入しませんでした)

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街道の左側に見えた花屋さん。まだ七夕飾りが残り、綺麗でした

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日本橋まで59Km』の標識を過ぎたところで、歩道に「紙垂(しで)」を付けている方々と遭遇。裏は『第六天神社祭典委員会』となっていましたので、『浜降祭』に向けて準備中だったようです

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少し歩くと「第六天神社」に到着。7/18のお祭りに向けて準備中のようでした。準備されている方に断ってから、お詣りさせていただきました

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本堂の中には既に御神輿が準備されていました

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入口には『日本橋十五里二町六間』との距離表示。未だ距離換算ができません・・・

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浜降祭』は7/18。準備している方から見物のお誘いを受けましたが、深夜から早朝にかけてがメインのようです・・・(メイン会場は「西浜海岸」)。調べたら、ケーブルTVのJ:COMで放送があるようです(HPはこちら)。たまたま自宅で観れるので、TVで観ようと思います(7/19追記:やっぱり朝早かったので録画して視聴しました→記事:備忘録:TVで視聴、気になっていた『浜降祭』はこんなお祭りでした

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ずっと街道右側を歩いていたのですが、左側に移動し、しばらく歩いてから「鳥井戸橋」を渡ります

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Google マップで見る限り、この方角に「富士山」があると思うのですが、見つけることはできませんでした・・・(もしかすると方角が違っているかもしれません。でも段々と付近に建物が出来ているので、昔の景色はどんどん見れなくなっていくのでしょうね)

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橋を渡りきったところに『南湖の左富士之碑』があります。『東海道を歩いて左側に富士山が見える場所はここと吉原(静岡県)が有名』と書かれています。かすれていますが安藤広重の浮世絵も描かれています

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道路の反対側には『鶴嶺八幡宮』の鳥居が見えます。ウォークマップによると八幡宮はここから1Km先にあるようです

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街道の左側を進みます。処理された空き缶がなぜかアートっぽく見えてしまいました(笑)

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この辺りに神社があるはずと思い、写真を撮ってから目の前を見ると鳥居がありました(最初は目に入っていませんでした)

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社務所らしいところでたくさんの方が休憩されているところを断って、「神明神社」にお詣りさせていただきました

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こちらでもお祭りに向けての準備をしているようで、御神輿が出されていました(午後に子供達がきて、きれいにした後で担ぎ棒を付けるとのこと)。『浜降祭』のポスターが貼られていましたが、こちらの神社は参加しないようでした(浜降祭HP調べ)

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本堂左横には『厄神大権現』をお祀りした石碑と横には祠の中に道祖神が祀られていました

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神社を出ようとすると入口左側に『清明井戸』と書かれた石碑がありました。御由緒によると『陰陽師 安倍晴明が東国へ下行のおり、喉の渇きを癒やした清水が湧き出ていた』とのことです

時刻はまもなく12時、日が高くなり、かなり暑くなってきました。ランチもまだなので、脚もかなり疲れてきています

記事も少し長くなってきたので一旦終わります

次の記事「旧東海道を歩く23(茅ヶ崎[旧相模川橋脚跡]~平塚[平塚駅前])」に続きます!

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