鎌倉駅周辺散策1(鎌倉駅~妙隆寺)
※記事としては「閑歩:鎌倉散策その前に、扇ヶ谷ガードへ行ってみました」から続いています
「鎌倉駅東口」です。やっぱりこちら側が駅の顔という感じがします
駅改札前も撮ってみました。帰宅してから気がつきましたが、大きなしめ縄が天井に見えます(次に鎌倉に行ったときには全体をとらえてみたいと思います)
(『シン・ゴジラ』公開記念も含めて)鎌倉散策に出発します。まず最初のコースは、ガイドブック「ぶらっと散歩コース 鎌倉」から
「コース4 鎌倉駅周辺」を選択。ロケ地と思われる『御成通り』が含まれています(コース選定基準とごく一部に『シン・ゴジラ』が含まれている以外は、通常のウォーキングとなんら変わりませんので、ご安心?ください)
ガイドブックのコースに従って、改札の前にあるバス停(写真左側)を通って歩き始めます
『若宮大路』に出てきましたが、すぐ横断せず、右に曲がって少し歩き、「郵便局前交差点」で道路を横断し、直進します
少し歩くと、ガイドブックの地図より手前に門があります。名前を確認したら「本覚寺」でした(あとでわかるのですが、どうやらこちら側は裏門のようでした。ガイドブックは正しかった^^;)
まずは本堂でお詣り。銅鑼がすごく響く、良い音色で、気持ちも引き締まりました
裏から入ったので、あとから手水舎を発見。台の部分が獅子舞のようなデザインになっています(洒落ています)
大きな御堂の中に安置されている鎌倉七福神の『恵比須』様もお詣り(今日は七福神巡りではないので、全ては廻りません)
『人形塚』もあります。インターネットで確認したところ、『毎年10月第一日曜日に人形供養祭』が行われているようです
ガイドブックに書かれていた『にぎり福』を授与所で授けていただきました。『毎朝握ってお願いする』と良いようです(毎朝握っています)(『にぎり福』は「本覚寺」だけとおっしゃっていました)
門を出てみると、やはりこちら側が表門のようです
門を出てすぐの場所にある「夷堂橋」。近くには石碑が建てられていました。ホームページ「鎌倉八十八箇所」によると
この橋は鎌倉十橋のひとつで、このあたりには昔、夷堂があったといわれています。この川は、上流では胡桃川といい、浄明寺の門前では滑川と呼ばれ、文覚上人屋敷跡の辺りでは坐禅川と唱え、この辺りでは夷堂川と呼び、延命寺の傍らからは、すみうり川と名付けられ、閻魔堂跡の辺りでは閻魔川といいます
と書かれているそうです。『昔、夷堂があった』と書かれているので、なくなっていた時期があるのでしょうか? 今は『滑川』で統一されていると思いますが、昔は川の場所で呼び名が変わっていたんですね。それにしても「閻魔堂跡」って、どこだったのでしょうか?
ガイドブックに従って歩いて行くと、すぐに『大巧寺』と書かれた石の道標を発見。左側の路地に入って進みます
「大巧寺」、それらしい門は見えるのですが、お寺っぽく見えません。中に入ってみると本堂の改修工事中でした。全く本堂が見えません(残念)
お詣りは可能なようだったので、本堂でお詣りさせていただきました
工事中の本堂の左側に廻ってみると素敵な庭が続いています。ガイドブックにある『四季折々の花が咲き・・・』というのは、この辺りではないかと思います(夏はかなり緑一色な感じです)
先ほどの道に戻って、北東に進んでいきます
道路横に鳥居が見えたので「蛭子神社」にお詣りさせていただきました。プリンタで印刷された、珍しい由来書きによると『本殿について 蛭子神社の本殿は明治七年(一八七四)八月に鶴岡八幡宮の末社である「今宮(新宮)社殿」を金十両で買い、建立したとされる』と書かれています。えっ? そういうことがあるんだとかなり吃驚(日付を見ると去年のようなので、今年はまだ貼り替えられていないようでした)
それにしても小さな神社の境内の駐車場化はたまに見かけます。罰が当たらないのかな?
綺麗な御神輿が飾られていましたので、大事にされている神社のようでした
ちょっと歩くと、「日蓮上人辻説法跡」に着きました
説明によると『日蓮上人は建長五年(1253)、松葉ヶ谷に草庵を結び、毎日のようにこの辺りを訪れて、法華経の功徳を解く辻説法を行った』そうです。しかしながら『文応元年(1260)に五代執権・北条時頼に提出した「立正安国論」が原因で草庵は焼き討ちにあった』とのこと
近くにはお馴染みになった史跡『日蓮聖人辻説法之阯』も建てられていました
工事中で一度通り過ぎてしまったのですが、ここが「妙隆寺」の入口でした(道路交通整理をしていた方に少し避けていただき、写真を撮影させていただきました。ありがとうございました)。入口にある説明によると
第二の祖の日親上人は宗祖・日蓮上人にならい『立正治国論』で室町幕府六代将軍・足利義教の悪政を戒めましたが、弾圧され、数々の拷問を受けました。ついには焼けた鍋を被せられたので「鍋かむり日親」とよばれました
本堂前右手の池は、日親上人が寒中、百日間水行をした池とされ、厳しい修行の跡と言われています。
と書かれています
まずは本堂にお詣り
『なべかむり日親上人行法御池之霊跡』と書かれた説明があります。『日親上人が21才の時、寒中100日間修行をされた』場所です
池の向こう側には『なべかむり日親大上人』様と書かれた石仏も置かれていました
境内には鎌倉七福神『寿老人』もいらっしゃいますので、お詣りさせていただいました(御堂の中の寿老人を拝観できたのですが、ガラスに周囲の景色が反射してしまい、写真を頂くことはできませんでした)。説明のほとんどは日親上人のことが書かれていました
時刻は10時10分、ガイドブックによると「鎌倉駅」から1kmちょっとしか歩いていません・・・。かなり暑くなってきましたし、汗もだいぶ出ています
記事も少し長くなってしまったので、一旦終わります
次の記事「鎌倉駅周辺散策2(宇都宮辻子幕府跡~御成通り)」に続きます
※御礼
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